意外と資料が無いっていう文句
前回の日本の見世物カルチャーでは舶来動物について春画とともに紹介した。(この記事)
今回は男が喜ぶ女のアソコの見世物小屋だ。
個人的にも性に関する見世物にどのようなものがあったのか興味があった。
調査のため広尾にある東京都立中央図書館に行った。国内でも大きめの図書館ということで、そりゃあ見世物小屋の資料もわんさかあってウホホーイかと思いきや甘かった。
生人形や駕籠細工などの資料はあれど、性に関する見世物の資料があまりなかった。
そんな状況の中頼りになったのが明治44年刊行の宮武外骨先生の著書「猥褻風俗史」。
この文献は国立国会図書館のオンラインサービスからデジタルで閲覧できるので気になる人は読んで見てほしい。
この本は当時の法に触れぬが猥褻であろうという日本の文化等について記載されている。
(国立国会図書館サーチ)
今回は「猥褻風俗史」及び国際日本文化研究センター所蔵の春画よりアソコの見世物がどのようなものだったか紹介します。
竹筒で?息を吹く?
「風俗猥褻史」に陰門の見世物について何種類か説明があり、その中のひとつにアソコに竹筒で息を吹きかけるというものがあった。
本の説明によると見世物小屋の外観としては小屋からは女の上半身が見えるようになっている。
ちょうど上の絵のように木戸外より女は背を見せ、華やかな髪飾りが見える。
着物の裾は板壁にかかっているので、小屋の外にいる人は着物から女の身体があらわになっていることだけを想像できる。
しかも華やかな髪飾りにきれいに結わえた髪の後ろ姿が見えるときちゃあ、どんな顔の女なのか気になるではないか!
という訳で客は八文ほどの銭を支払い小屋に入るようだ。
お金を払ってさあ!中へ!
女は中央の床に腰をかけている。若い女はお化粧をし、美女である。
小屋の中に入ると女は足を開く。客が竹筒でアソコに息を吹きかけると、女はおしりを左右にふるような操作をするようだ。
客がこれを笑わなければ賞が出たらしい。
画中の会話は
そんなに見たいか陰の奥。
本の記録によると天保の末期頃、アソコを見世物とする小屋は大阪では正月九日十日の二日間。
江戸では両国で年中これを行っていたようだ。さすが見世物で栄えた両国である。
他にもあったよこんな見世物
陰部の異形を見世物とするものもあったり(さねが長い、とか)
両国の小屋では、若い女が胸とアソコをはだけて〇〇(おそらく男根)の形をした竹でアソコを突かれる真似をされる。
女は三味線のリズムに合わせて「やれつけ、それつけ」と言い踊る。あとヘビをアソコに挿入するものなど。
別の見世物の記録も読んでいたのだが、生きヘビを飲みこむ芸で、ヘビの顔から飲み込むとノドの中を噛みつかれる。
しかし尾から入れようとするとヘビの皮膚が逆立ち、とても痛いのだと言う。
常人ができないものをするからお金を払って人が見に来るのだろうが、想像するだけどゾクッとしてしまう。
しかしこれらの見世物は風紀上における法律制裁を受け、社会の道徳心に基づき取り締まりのターゲットとなった。
「わたしたちはキリスト教ではありませんが、西洋的な高い道徳心を持っています」ということですね。
この風俗は明治45年頃まで続いたが、明治5年発布の違式詿違条例中に
「第25条、男女相撲並びに蛇遣ひ其他醜躰を見世物に出だす者」と加えられ、アソコの見世物は禁止となった。
地道な取り締まりや教育により性に関する意識や考えも変化していった。
なにも変化が悪いとは思わない。しかし今現在わたしたちの中にある性に対する後ろめたさや
恥ずかしさは一体どこから来ているのかは気になるところである。
そしてそれをたどることができる資料がわずかでも残っており、調べみなさんに伝えられることが嬉しくもある。
参考文献:「猥褻風俗史」宮武外骨 著
使用画像:「国際日本文化研究センター」
〈更新〉
この記事を書いてのは数年前で、2021年になりもう一度性の見世物について調べました。
自分の調査が足りなかったということを再認識し、再び記事を書くことにしました。
明治初期の新聞の調査など以前はできなかった範囲まで手を広げられるようになったので
それはそれで少しずつ成長できているのだなと。
また改めて新記事については追記します。
(2021.2.21)