様々な体位が説明されている『古今枕大全』
今回は性典物よりセックスの体位をご紹介します。
ご紹介する本は『古今枕大全(ここんまくらたいぜん)』というハウツー本。
絵師は鈴木春信説が散見されますが、小松屋百亀と考えられています。
明和期(1764~72年)に出版されたと考えられる、恋愛のタイプ、性体験記、恋愛結婚の必勝法などが書かれた性典物です。
この書物には「女は長崎までイきたかったのに、播磨安芸あたりまでしかイけない」という男女のセックスでの気持ちのすれ違いについても書かれており、書籍やツイッターでも紹介しました。
https://twitter.com/tuyashun/statuses/1416716700020396036?s=20
この本には続きがあり、“男女久戦の秘術” という題で体位が八種類記されています。
今回はこの八種類の中より四つの体位を紹介します。
魚鱗法(ぎょ/りん/ほう)
龍虎法(りゅう/ご/ほう)
角繩法(かく/じょう/ほう)
十字法(じゅう/じ/ほう)
なんだか攻撃技のような格好いい名前ですね。
これらの体位の名前からどのような姿勢で交わるのか想像してみてください。
実はみなさんに親しみのある体位もあります。
挿入中は相手の気持ちの状態にも気を遣う― 魚鱗法 ー
最初は「魚鱗法」です。
図中の体位の説明を読んでみましょう。
女を仰き臥しめ、其(その)股(もも)をひらき、男其間により腹の上にかかり臥て、
まづ口をすひ、女より気ざし腰をもちあげ玉茎をうくべし。
男は玉茎にて玉門の合せめを撫(なで)て、うるほふにしたがつて、しづかに玉茎を入て、
女の淫念(いんねん)はなハだ動じて腰をつかへかしとおもふ。
顔色、鼻息、言葉づかひ目もとなどに、心を付て居直り右の如くす。
〈意訳〉
女性は仰向けになり股をひらく。
男性は女性にかぶさるような姿勢になり口を吸う。
女性の気分が高まってきたら男性は男根で相手の性器をなでる。
女性が濡れてきたらゆっくり挿入する。
段々と女性の気分も高まり男性に腰を動かしてと思う。
女性の顔色、鼻息、言葉遣いや目もとなどを気にしながら行うこと。
「魚鱗法」は現代でいうところの正常位のようです。
女性が仰向けになり男性が挿入するという説明だけでなく、挿入のタイミングや挿入中に女性の顔色、呼吸や言葉遣い、目もとの様子まで気にかけるという注意事項まで記載があるのはすごいです。
女性は気分が悪くなっていないか、交わりを楽しんでいるかを行為中に気にかけることを含めてこの体位が完結するのでしょう。
説明中にあった「男ハ玉茎にて玉門の合せめを撫でて」の文を読み、「……あ! 家にも似たこと書いている本があったな」と探すと見つかりました。
『和合淫質録(わごういんしつろく)』(文政八〈1825〉年頃)には、上図のように亀頭で陰戸の口元をこすったり撫でたりすると、どんな女性も取り乱し気持ち良くなると書いてあります。
こういう江戸期の性戯をSNSで紹介すると「うーん、自分は気持ち良いと思ったことないな」とか「わかる! わかる! わたしこれ好き」など各々の実体験に基づいたさまざまな意見が出てきておもしろいのです。
男性はみだりに腰を動かすな―龍虎法ー
つぎは龍虎法という体位。
男子(おとこ)座(ざ)して両の股(もも)をあはせ両足をそろへさし出し、
女、両の股をひらきおとこの内ももの上に座し両足にて男のこしをはさミ、玉門玉茎和合す。
是を今どきの俗にいふ茶臼なり。
さて玉門の中うるほひほめきて淫水ながれ、
女腰を動かし振るといへども、みだりに腰をつかハず、先口をすひ背(せなか)をなでさすりて、
そろ/\と腰をつかへバ、女たへかねるとき居直り右の如す。
〈意訳〉
男性は両足をのばして座り、女性は足を開いて男性の内ももの上に座る。
女性は男性の上に座った状態で男性の腰を足ではさみ和合する。
この体位は今どきの茶臼(ちゃうす)と呼ばれる体位だ。
女性が濡れて腰を動かしても、男性はみだりに腰を動かさないこと。
口を吸い、女性の背中を撫でさすり、そろそろと腰を動かせば女性はさらに気持ち良くなる。
龍虎法は、女性が男性の上に座る体位のことです。
個人的に座位は、男性が腰を動かすタイミングと女性が動くタイミングがちぐはぐだと、そちらに気を取られてしまい集中できない体位だと思っていました。
「男性はみだりに腰を動かしてはならない」には女性の感覚を尊重し、気持ち良くなってもらうという意図があるのでしょうか。
座って繋がるー角繩法ー
お次もどうやら座って行う体位のようです。
男かべによりかゝり座す。
女の手にて男のくびを引よせ女の右の足にて男の腰をまとふ。
男の右の手にて女の左の股をおし上て、女の足くびを男の右の肩にうちかけさせ、
両人の身をじつと合て、女の手にて玉茎を握り玉門にあてがひ、あさくつくべし。
玉門ひらきひづミて気味よきにしたがい、淫水ながるゝとき居直り右のごとくすべし。
〈意訳〉
男性は壁に寄りかかり座る。
女性は手で相手の首を引き寄せ、自分の足を相手の腰にまとわせる。
男性は右の手で相手の左の足を押し上げて相手の足首を自分の右肩にかけるように乗せる。
両人の身体が向かいあった状態で女性はマラを握り自分のボボにあてがい浅く挿入する。
女陰が開き、気持ち良くなってくるにしたがい体位を戻し図のようにする。
説明では「女の足くびを男の右の肩にうちかけさせ」とあります。
しかしこれは「女の手くびを男の右の肩にうちかけさせ」の間違いじゃないかなと思っています。
足首を肩にかけたまま交わるなんて、かなり身体が柔らかくないとできない気がするのですが
この体位でバランスとりながら楽しむの難易度高すぎません?!
太ももの裏が筋肉痛になりそうです。
「龍虎法」とともに座ったまま交わる体位ですが、
男性が足を伸ばすか、壁にもたれるかなどで、玉門に玉茎を挿入したときの具合や感じ方が違うのでしょう。
タイミングを逃すな―十字法―
お次は「十字法」です。「龍虎法」といい…いちいち名前が必殺技みたいです。
男の両手にて女の両足をとらへて女の乳のとふりまで足をかゞめ
玉茎をさし入しばらく気をやすむべし。
女、慾情おのづからうごきて腎水なめらかにぬら/\と出るときハ、女気をもみ、
はやく入たきとて尻をふるを相図として彼、大指にて、さねがしらをいらひ、のちに本手にくむなり。
〈意訳〉
男性は女性の両足をつかみ、女性の胸の辺りまで足をかがめさせるようにし、
マラを挿入し、しばらく気を休める。
女性が心を動かせ濡れてきたら、気をもませて女性は早く動いて欲しそうに尻をふるような仕草をする。
そのとき男性は親指でクリトリスを刺激して正常位で行う。
挿入しても、すぐに動くのではなく、女性が濡れてきて、早く動いて欲しそうにじれったく思うまで男性は腰を動かし始めるようです。
自分の欲望のままに男性は腰を動かすのではなく、女性の欲情が自ずから動くまで、挿入しても気を休めるという男性側の忍耐も試される体位ですね。
これらの『古今枕大全』の中の体位の紹介は、
「セックスの下手な男どもは奥を突けば女は善がると思い込み、相手が本当に感じているか見極められないやつが多い!」
「男根は大きくて長ければセックスが気持ちいというわけではない。男根が小さくてもテクニックを身に付ければ気持ち良いセックスができる!」
という著者の考えが反映された内容です。
そのためか全体的に女性のペースを尊重したり、挿入してもすぐに奥まで挿入するのではなく
「最初は浅く」「濡れてくるまで動かさない」「動いて欲しそうにするまで気を休める」
など、体位の取り方のみならずそのあとの男性の取るべきアクションまで丁寧に書かれています。
なんで体位の名前が動物なの?
これらの体位の紹介を見てみて、名称に動物の名前が使用されていることを不思議に感じた方がいるかもしれません。
これらは中国の房中術に影響を受けていると考えられます。
『洞玄子(どうげんし)』という古代中国の房中術が記された書物には、挿入して腰を動かすときの方法を動物に例えています。
「野生の馬が立川で跳ね上がるように、すり上げ、すり下ろす。」
「雀が黄櫨(はぜ)の実をついばむように、深く突き、浅く刺す。」
「驚いた鼠が穴に逃げ込むように、さっと突き、さっと刺す。」
など、わかるような…わからないような例えで挿入のときの腰使いを説明しています。
ときには大きな獣のように、ときには臆病な小動物のようにおちんちんと腰を動かすことで、
ときにダイナミックに、ときに繊細な腰使いのテクニシャンになれるのです。
『古今枕大全』の各体位の腰の使い方も、竜や虎、ときに魚のように動物の動きの特徴をイメージして行えばよいのだと思います。
『洞玄子』では体位の名前も動物の名称です。
たとえば「白虎騰(びゃっことう)」は女性に四つん這いになってもらい、尻を突き上げ、頭は伏せるような態勢になってもらいます。
男性は玉茎を女性の肛門から蟻の戸渡りに滑らせて挿入します。
この体勢で交わることで、男性は腰を動かしながら自分の陰毛で女性の肛門を刺激しつつ奥まで挿入できるようです。
奥まで挿入できるのはわかりますが、陰毛で肛門をチクチク刺激するのは痒そうなのでやめていただきたいです。
どうやら陰毛が擦れ合うことで起こる静電気で波動を起こすことが目的のようですが、尻で波動とは……。
交合で身を滅ぼさないために
さまざまな体位を紹介しましたが、日本の性典物の艶本における「正しいセックス」は相手を思いやり、お互いに気持ちいいセックスです。
それは人生の喜びとなり、健康にも繋がるとあります。
逆に自分よがりなセックスは身を滅ぼし、虚弱な体になり病になるとまで書かれることがあります。
それは男性側からすると命の源と考えられた精液の無駄遣いだったのです。
そしてこの『古今枕大全』では男性の性器の大きさや長さでセックスの気持ち良さが決まるのではなく、
相手の気持ちを考たり、セックスの知識や情報を得ることで楽しいセックスライフを送れるという考えのもと体位の紹介がされていました。
春画では絵の見栄えやギャグを優先するため巨大な男根を描くことが多々あります。
そのため江戸期は房事において巨根至上主義だったとつい思い込んでしまいますが、
実際はこの書物のように実践のテクニックでは「男根の大きさは関係ない」と書かれているこのような書物も存在したのです。
〈参考文献〉
土屋英明『中国の性愛術』(新潮社)